動転する母娘をよそに、翌日、恭介は忠実な執事の外面を取りつくろって佳彦を迎えに出る。苛酷なシベリア抑留を経験した佳彦は出征前の鷹揚さを失い、猜疑に満ちた険悪な復員兵へと変貌していた。牢屋敷に帰還して奥さまとお嬢さまに迎えられた佳彦は、芙美子との結婚の予定を今秋に控え未来の主人として牢屋敷に滞在することとなった。真実を知る者たちの緊張のなかで何も知らぬまま主の傲慢さを身にまとっていく佳彦は、その夜、公然たる婚約者の芙美子が夜の営みを頑なに拒もうとするのをいぶかしむ。やがて芙美子が屈して夜ごとの伽にはべるようになって以来、その初心な娘らしからぬ女の成熟ぶりに、佳彦の胸中に猜疑が芽生える。疑念に苛まれて白昼から痛飲しつつ、男爵の遺品の日本刀を持ち出しては憑かれたように素振りに励む佳彦。やがて京堂家に降りかかる陰惨な運命を予告するかのように、烏ノ森の烏たちが不吉なかしましさで鳴き交わしていた。