若い男は意外にもあっさりと玩弄を切り上げ、綾子が向かっていた三十六階に着くと同時にあたふたと立ち去った。約束の時間に二十分ほど遅れて部屋に入った綾子は、ひどく酔いつぶれた武井の姿を見出す。綾子は夫の死後、そのSMプレイ仲間だった武井に言い寄られて体を許して以来、愛人として交際を続けてきていた。互いの私事には関わらないという約束にもかかわらず、酔った武井は家庭の不和を綾子にぶちまけて愚痴を洩らす。良家の令嬢との縁談を見つけてやった息子が、婚前交渉の場でその令嬢にSMプレイを強要したうえアヌスの処女を奪ったことから、破約にされたばかりか損害賠償まで請求されているというのだ。SMプレイへの嗜好が遺伝したかのような息子の乱行に心を痛める武井の姿に、綾子は慰めの言葉もなかった。