初夏の晴天の日、趣味の茶の湯のグループでの月例会と昼食を終えた桜井香代は、今年高校に入ったひとり娘のための夏の洋服を探して一人で銀座を歩く。デパートで買い物を終えてパーラーでひと息入れる和服姿の艶やかな人妻には、周囲の賛嘆の視線が集中していた。昨年末からアメリカに単身赴任している夫への尽きせぬ愛情に思いを馳せつつ、結婚して十五年になっても絶えることのない愛欲の昂ぶりを身内に感じて、香代は密かなやるせなさに煩悶する。二階席から見降ろすその眼下には、午後の銀座の街角の平和な光景が広がっていた。店を出ようとした香代はスーツの若い男とすれ違いざま、素早く強烈な打撃を鳩尾にたたき込まれて崩れ落ちる。意識を失った美人を介抱するふりをしながら、男は香代を停車中の黒塗りの外車へと運び込む。傍らにいた警官や野次馬の疑いを招くこともなく、美しい人妻を乗せた車はいずこへともなく走り去った。