小夜との密通を咎められて須黒男爵邸を追放されたのち土居赫心に拾われて綾子付きの運転手となった寺田は、男爵への恨みを秘めたまま、今日も綾子に随行していた。綾子の悲鳴を聞きつけて屋敷に踏み込んだ寺田は竜二郎の妾に収まっている小夜に出くわしてさらに逆上し、短刀を手に部屋へ飛び込んできたのだ。竜二郎への憎しみをあらわにし、短刀を握りしめて突進してきた寺田によって竜二郎は脇腹に深手を負う。死にもの狂いの格闘のさなか、竜二郎に蹴り上げられて転倒した寺田の短刀は、かつての恋人にすがりつく小夜の横腹に深々と突き刺さった。鮮血にまみれて倒れた小夜は、呆然と抱き上げる寺田に謝罪と愛の想いを告げる。ようやく気を取り直した綾子が医者を呼ぶのを、手負いの竜二郎は朦朧となって見つめるしかなかった。その日の夕刻、須黒男爵家の人々に見守られながら薄倖の娘は十七歳の生涯を閉じる。出血多量による昏睡から回復した竜二郎は、小夜の死と綾子のはからいによる寺田の自首を病床で聞かされて、憐憫と後悔の情に苛まれる。
快方に向かってきた竜二郎は上流階級用達の大病院に移されて男爵の見舞いを受ける。竜二郎や林謙介とともに暗殺を予告する斬奸状を受け取った男爵は警戒を強めて、自らも身につける護身用のピストルを竜二郎に渡す。しかし養生の床にあっても、竜二郎はの脳裏には再会を念じる百合子姫の美貌が絶えず去来していた。